水色の裸足

あなたの信じているものが

ひとつも流れていない川へ

あなたは靴を脱ぎ 靴下を脱ぎ

バランスを崩しながら入っていく

正面の夕日にも 余計な顔なんてなく

あなたはあなたの背中を

いつだってそうやって眺めている

 

僕は 靴を履いたまま

靴下も濡らして 川に入っていく

僕の足は 流れ去り 水の色になり

向こう岸に 倒れこもうとして 最後まで流れ去り

水の色になる

僕は僕の想いまでを

いつだってそうやって眺めてしまう

 

無視しても構わないほどの嘘で

あなたは水色の裸足で立っているし

僕はただ いつだって水色で流れていく

 

ほんとうのこころは

窮屈で小さくて

誰も期待していないから

生きていく 可能性として

ぬくもりはいつも 通いあう

あとは時と共に 目一杯になる

例えば 空白で 目一杯になる

 

あなたの重みがくりかえし

踏みつけていく

出あった頃から その辺りには

水色が通い始めていた

 

初めて声をかけたのは どちらからだっただろうか

さりげなく、そういう意識を持った記憶は残っている

どうしてここにいるのか、そういうことを確認しあって

少しくらいは笑いあったはず

笑顔を嫌いな人はいないと そういえば言われたことがある

僕は好きな人の とりわけ笑顔を好きになる

自分の笑顔は いつからだろう嫌いなのだけれど

一度だって 僕の笑顔が好きだと言われたことはなくって

そう気づいた日の夜、さりげなく

そう さりげなく、話の流れで僕は言った

君の笑顔が好き、と あれだっていつだっただろう

静かに木は枯れている

ここで過ごしてもう何年も経つから あの木々に

黄緑色の、遠くから見るとぼやけたような、芽が吹くのも知って

この土手に 黄色い菜の花が並んで咲くのも、それがとてもきれいなことも

知っている、この川辺に 僕はいつからか思い出を 捨てに来るように

なってしまった、夕焼けのきれいなことも、空白を呼ぶ

気温もいくらか上がり 春の話題も聴こえ始めて

冬の間は敬遠していた この川辺に 僕は久し振りに座り込んでいる

風が 鼻先をやけに冷たくさせる けれど小さな虫が

もう飛び交っていたりする 水のそばには 命が絶えないと思うと

少しだけ だるいばかりの腕を上げても手を振ってみたくなった

水色の裸足は その時 川の中に見えた

目線はゆっくりと空に向かいながら 初めのしばらくの間

君の姿を捉えていた 僕はほんとうに

このまま歩いていって そのまま流れてしまっていいと思った

それでも 靴を脱ぐことも そのまま踏み入れることさえ 結局しなかった

そういうある一日のある時間は いつだって自分一人の秘密だけれど

これからの僕のすべてに 一つ残らず関わる それを今は辛くとも

川が海に流れ込むように ずっと見えない先で 報われるような気持ちが

あることをどこかで 信じているんだろうか ここへやって来るのは

けれど そんなことさえ忘れて 僕は空白をつめこんで 歩きだす

そういうつもり、ということが 無視しても構わないほどの嘘だと 僕は思い

生きていくのは こういうことだと 歩きだす

どこか別の場所にいきたいと言い こころ全体が

死を選びそうになるとき

僕は いつもこの川辺に向かう 闇で目一杯の夜を

洗い流せば 朝にでもなるつもりで

 

僕の水色の裸足が見える日を

向こう岸から 僕が見ている

僕がその姿を辿り 空を見上げる時には

僕の笑顔を 見せられるように

向こう岸から 僕が見ている

長い影を流れに交差させながら

スカートの裾を濡らし立つ君までを

僕は歩きだそう

手に触れると すべては見えなくなって

やっとほんとうのこころを 埋めてくれる

嘘の空白と 流れつく海を

もう僕は 信じない

どうしようもなく残していくものを

手に触れて 拾い集めていく

歩きつく海を 信じて

 

僕の信じているものが

ひとつも流れていない川へ

僕は靴を脱ぎ 靴下を脱ぎ

バランスを崩しながら入っていく

正面の夕日にも 余計な顔なんてなく

僕は僕の顔を

いつだってそうやって眺めている

 

あなたは 靴を履いたまま

靴下も濡らして 川に入っていく

あなたの足は 流れ去り 水の色になり

向こう岸に 倒れこもうとして 最後まで流れ去り

水の色になる

あなたはあなたの想いまでを

いつだってそうやって眺めてしまう

 

無視しても構わないほどの嘘で

僕は水色の裸足で立っているし

あなたはただ いつだって水色で流れていく