見せかけの手足

流し忘れた涙を

夕暮れの風に聴く

雲に沈んで行く陽が

猫じゃらしのひげのように

楕円にぼやけてる

 

丘の外れの鼻先の木で

透明な羽の蝉が鳴いてる

帰って来た黒いすずめが

耳元の木でさえずり合う

蟻が左足をまたいで行く

 

どこかに帰りたい気持ちを

君がそばにいることで抑えてる

できたばかりの草の足跡が

薄暗闇の水たまりになっていく

 

夏が終わるのが

冗談になるように

風が温かくなるのを

じっと待っていた

まるでハモニカのような

銀色のベンチに寝転んで

君の揺れる前髪に透ける

まだ青い空を見上げながら

 

まだ空が青いよ

一度見上げて

一度うつむいて

そうね

そうしてまた

君はじっと前を

僕の前髪をかきあげながら

三日月の瞳で見ていた

 

僕は寝返りを打ちながら

この空の色の名前を考えていたけど

風は夕陽に連れられてって

弱く冷たくなってった

温かなさよなら涙を額に受けて

君の今までの恋を引き受けたような

透明なハモニカの音色がよく似合う

静かな淡い夕暮れだった

 

夏も終わりやね

夏も終わりやな

同時に言って

少しおおげさに笑った

 

太陽は夕陽の時が

一番近くにいるよな気がする

見せかけの手では掴めないものを

どうにか掴もうと僕らは手を伸ばし合い

見せかけの足では届かない場所へと

辿り着きたくて同じ日同じ時間に

同じ場所を歩こうとするのかな

 

たった一瞬

本物の手足で触れ合うために

僕らは互いに

もがき苦しめてるだけで

泡になるよな恋を知ってからも

いまだにこうしてめげれずに

 

ほら早く

薄暗闇が足跡から溢れ出したよ

頬と額に残った涙の跡を

お互いの指で拭って

この温かい見せかけの手足で

風の吹く方へ風の吹く方へ

ジグザグに足跡避けて丘を下ろう

 

出逢う前の

すべての恋を

ここに置き忘れたと思って

そのことすらもう

忘れればいい

 

夏に咲く花が

秋にも冬にも春にも

決して咲かないように

そんななかで僕らは

似た色の夕陽を

心底見ていた

 

ほら早く

薄暗闇はどこかの朝だよ

さえずり出したそこらじゅうの鳥が

飛び立つ準備を始めてるはず

走れそうだね

この温かい見せかけの手足でも

この冷たい風が吹き止む前に

ジグザグに次の季節へ丘を下ろう