月の欠けていない夜

もう空っぽだったはずの箱が

いっぱいいっぱいだったのに

さわったとたんに溢れてしまって

ぎゅっとした拍子に箱もつぶれて

ぽつんとなってしまったんだけど

目の前には君がいたんだよね

僕の手に僕のじゃない手が繋がってね

箱のなくなった僕はね

また空っぽになるのがこわくなったけど

今はもうこれでいいんだ

と言って

またもっとぎゅっとしたんだ

 

届かなかったものが

全部光る埃みたいに降ってきて

手のひらに集まった

そんな二人を

ちょっと遠くから

猫が見ていた

 

橋の細い外灯のアーチが

淡く流れに揺れている

魚のちゃぽんという冷やかしが

夏の枯れ葉を踏む音にかかって

もう一度君を見た

 

肩と頬骨が

肌の向こうに月をはらんでた

瞳と唇が

滑らかなその航跡だった

 

運命の出逢いがあるなら

永遠の別ればなれも覚悟しないと

回るビニール傘に 雨粒のある

月の欠けていない夜

 

ひとつの先が見えた気がして

二人は静かに駈け出した、と

いつかあの人にも

届くから