カルピス

向かいの一軒家の犬はうまく鳴けない

ガレージの隅の方で暮らしながら

八月の夜が明ける頃 もしかしたら遠くの蝉の声が

気になるのかなあ

枕を、腕と横顔に抱えるようにして眠ろうとしながら

朝を迎えてしまう 僕はまた

 

風通しの窓から アラームが聞こえる

今日は少し曇っているみたい 暑さも少しましかなあ

 

乗り換え駅を二つ挟んだ町の 採光の多い部屋で

僕とバトンタッチするように早起きする君がいること

まるで自分の希望のように思うと

昼過ぎの目覚めまで 僕は

たくさんの夢を見ながら眠ってしまう

 

喉が渇いて夢を忘れると氷を鳴らして

日向夏の黄色いカルピスを飲む

君と行く川沿いの花火大会まであと何杯の

薄いこの切なさを作ればいいんだろう

 

何をしていたんだろう 夕方をまえに

もうずいぶん掛けていない 彼の歌が聴きたくなって

MDを回し終えると そう言えばとTシャツとジーンズを替えて

発売日を疾うに過ぎている最新アルバムを借りに行く

 

日が差しても降っている雨も通り過ぎて アスファルトが光るまで

僕は新発売のハンバーガーをガラスの壁際の席で食べている

時間を持て余さないように いつもより大きいサイズのアイスコーヒー

夏休みの姉弟が走る 傘を斜めに

 

死にたい気持ちも殺したい気持ちも知ってしまう

ただ生きているだけで 僕に見える世界は目まぐるしく

コントラストをまして行く

 

日陰の帰り道にサルスベリの花が綺麗に散らばる

そう言えば君がこのまえ教えてくれたから僕は

この花が百日紅だと分かる

 

六曜社珈琲で見上げる浴衣や人々の腰の辺りや

テトラポッドのある川原を上がって一度だけするキス

雲の多い夏の夕景を見送った後で

 

あれから花火には浴衣を着て行こうかなあと言っている君

紺色で、子どものようになるらしい

なぜか僕からのメールだけ届かなくなったPHSから 立ち寄るその日君の部屋に

いるものはあるかと訊くから 僕はなぜだかカルピスだなんて答える

 

きっと白いのだろうなあ 僕は思う

あの流しの下の冷蔵庫で冷やされているそれはいつ飲み乾されるんだろう

君はカルピスなんて飲むんだろうか ほんとうに買ったりして

 

 

ハスキーボイスの彼はちょうど新曲を出したばかりで入り口の棚にあって

7泊8日は借りられないそれを僕は誘惑に負けて斎藤和義の新曲と共に借りてしまって

仕方なく返しに行く土曜日 街路灯と信号機だけが明るいいつもの散歩道の夜

満月だろうか低く黒い雲の向こうにぼやけている

 

真夜中テレビを見ながら日向夏のカルピスにジンとたくさんの氷を入れて飲んでみる

早く眠りについたら君と同じ頃僕も目を覚ますと思う

日付はもう花火大会の日曜日 週末の洗濯と少ない食器を洗うのを

午前中に済ませられればいい

 

全てのつづきはまだどこにもない そんなことをふと思う

犬の下手な鳴き声を聞かない休日の始まりと 君と僕が笑うのを

想像すると タオルケットを肩に捲きつけて眠ってしまった僕だけれど

眠れなくても今夜は、上手く泣けただろう

 

久し振りだけれど 上手く泣いただろう