ハンカチ

月曜日、空港に行く高速バスの隣の席から

泣いている僕の目元に君は口をつける

僕は僕の人生にこんな場面があるなんて

思わなかったと思っている

 

「まだ彼女のこと好きなんだと思うよ」そうかもしれない

二ヵ月後の木曜日、神戸まで阪急電車で海を見に来ている

もう年下の大事な人がいると言うかつての恋人と僕は寄り添う

 

「僕は好きでいる」記憶はすでに曖昧だけれど

僕はそう最後の最後に君に伝えようとする

君はいつものように振り返らないでゲートの奥へ

 

目の前の滑走路を加速して加速して右へ横切ってしまう間際

宇宙まである空気を押し上げて物凄く力強く

君の乗っているだろう飛行機は急角度で曇り空へ飛び立つと左に旋回する

そしてぐんぐんと向こうの方へ遠くなる 僕はいつもと違って振り返らない

帰りのモノレールの駅へ

 

「今月の13日から蟹座はイイ運勢を迎えるんだよ」

12年に一度、木星が廻って来るんだそうだ

誕生日が一週間違いの彼女と僕はよくこんな会話をする

海辺の空は青空を見せながら少しずつ暗く曇り

帰り際に雨になる

 

百貨店を通り抜けると強くなった雨足に僕は僕の傘も広げる

夕方の四時過ぎ 駅前の信号待ちで僕は泣きそうになる

「バカじゃないの」言葉の棘が少しだけ優しくて僕は戸惑う

 

 

この頃携帯電話は部屋に置きっぱなし

他の冷房の効いた部屋でアイスコーヒーを飲みながらとか

僕にしてはたくさんの本を読んでいる 何年振りか

改装中みたいな映画館へ 一人で映画を見に行く

メール友だちに教えてもらったプルーンの紅茶漬けがその頃やっと

冷えておいしくなって来る 甘くなく

 

眠っている僕の両腕に真白い光

ある夜、部屋のいつもと違う明るさに目を覚ます

見上げると窓の隙間から少し満ち過ぎた衛星と周りの夜空

手のひらにも当ててみる 何かと触れ合っている

体の中に充ちた水が肌を透けて見える気がする

光も心も水のように思える 溶けあうとき輝いている

 

そして僕はいつかまた恋に落ちる「中途半端にしたくないから」

そんなことを言うように思う

 

記憶は放たれて消えないと思う

雲の上には太陽や月の星の光が溢れて光の海なんだと思う

放たれて雲を突き抜けると泡のように光の海も上りつめた記憶はさらにそこにある空も越えて

本当の光になる 限り在る星ではなく星の光になって消えないんだと思う

 

やがて僕の体は力なくすべての水を吐き出す

何一つ留めることは出来なくこの世界にすべてを返して僕は消える

その最後の一瞬僕はどこか知らない夜空に満天の星の光を見る

見たならいいと思う

 

僕は何でもいいからたった一つ

何かと信じあいたかった

 

そんなことを嘘みたいに憶えていなかった