カセット

いい思い出はいつも

寂しい時には思い出さない

ずっと昔に引っ越したとき

しばらくしてからみんなにもらった

カセットをふと思い出し

埃だらけのデッキに入れた

 

少年への変わり目で

ひとりぼっちに慣れてきた頃

今は忘れてしまったきっかけで

僕はみんなの仲間になった

 

休み時間も放課後も

空っぽじゃなく

昨日も今日も

おんなじじゃなく

そういうことが

日々だと知った

 

自転車に乗り街に出かける

誰かの家でポテトチップス

気になることは女の子のこと

将来自分が何かになること

今はすべてが足りない気がして

何かに変わる時を待ってた

それでも今で手いっぱいで

だらけた感じが楽しさだった

 

A面が終わってB面が話し出し

なんでもない会話の続きが回る

引っ越してすぐの頃は

そこにいない自分を強く感じた

遠い場所で変わらず続く変化に

重ならない自分の毎日で

また僕は手いっぱいだったから

 

修学旅行の話になった

お酒を持ってくかの相談になる

告白するのに付き合ってやった

あいつが告白された話に変わる

クラス替えでみんなばらばら

修学旅行は男女ばらばら

どうしようもないことは

他の話題で笑い飛ばした

ラジオみたいに

僕の好きだった歌が挟まれて

目をつぶったら

信じられないくらいに

たくさんの景色と顔が

浮かんで見えた

 

誰が聴いても面白くない

数十分のカセットは

会話の途中で切れてしまう

それは今でも切なくなるけど

そういうところが

みんならしい

 

靴屋とコックと学生三人

今もたまに夢に出て来て

知らないはずの

今の話をしたりする

 

出逢ってよかったと

いつもどこかで思ってる

また会いたいと

いまもこころに止めている

終わったカセットを取り出しながら

みんなそれぞれ

今もどこかにいるんだと思うと

当たり前みたいな奇蹟のようで

たまらない気持ちで一杯になった

 

いい思い出は

寂しい時には思い出さない

陽の当たる毎日が

体温の涙で少し滲んで

風を切る肩を軽くしてくれた

 

頬をひっぱる乾いた川底

黄昏それは誰にも見えず

星を見つけた僕にもおぼろ

ただでもきっといつになっても

思わず笑顔に顔を出させる

 

透明ケースにしまわれた

「Talk to Kind」の殴り書きだけで

曲名のないカセットテープは

とっても見にくい言葉だけれど

本棚の引き出しの

四角いお菓子の

珊瑚の色の

大変立派な缶かんに

手紙やなんかとしまってあります