レモネード

~Ⅰ~

 

「誕生日の朝」

 

赤信号でうつむいてると

坂道を追い越して行く

コンビニのコンテナーが

雨の日の水飛沫のように

ご丁寧に頭から

日陰をかぶせてってくれた

 

なんとなく振り向くと

坂の下には水中線路

今渡って来た踏み切りで

溶け切らない

レモネードのシロップが

川になってる

 

夏の大合唱

お世辞にもハーモニーとは言えないけど

まだこの町のどこかに

始発の走る出来立ての朝で

早起きな蝉達が恋を呼んでる

 

夏になっちゃったね

昨日は友達が開いてくれた

バースデイパーティー

午前零時のカウントダウン

生まれて初めての出来事に

酔い過ぎて寝ちゃったよ

 

出来立ての朝と言えば

届き立てのパンでも

少し引き返して

朝帰りのコンビニ

いつもの深夜の店員さんが

おはようございますって

ぶっきらぼうに言った

 

 

~Ⅱ~

 

「こんなところで」

 

こんなところで

君に会うなんて

相変わらず

甘いパンばっかり入った

かごを覗き込んで

おどけて怒った君の

あんまり近づいた

その瞳で目が覚めた

 

君って結構髪長いんだね

いつもは帽子かぶってるからね

ひとりで答えを出してしまって

黙ったまんまで歩いてた

いつもはパン屋の横に止めてある

かごの大きな銀色の自転車挟んで

黙ったまんまで歩いてた

 

隣りの駅前のパン屋だから

隣りの町に住んでると思ってた

 

ここでいいよって

踏み切りで小さく手を振って

走ってく君

ハンドルにかけてた傘が落ちて

拾いながら振り向いた

今日初めての君の笑顔

こんな遠くからでも切なくなった

いつもとちっとも変わらない

 

 

~Ⅲ~

 

「天気予報」

 

思ってみれば

誕生日に偶然会えるなんて

水撒きされたばかりの朝顔のように

僕は幸せ者かもしれない

軒下に立て掛けた格子に絡まる

つるも

葉っぱも

歩く速さで

あちこちときどききらりと光った

 

昨日の雷雨がここしばらくの雲を

洗い流したような薄青の空

駅前で見た電光掲示の今日の天気も

午前も午後も快晴だった

 

いつもは朝に立ち寄るけど

今日はお昼に行ってみようか

空が一瞬くるっと回った

偏光板を通した陽射しが

僕の速度計の針を零に戻した

 

確かパン屋は定休日

君は傘なんか持ってどこに行ってたの

いつもはおしゃべりな君が

自転車押しながらうつむいて

黙ったままだった理由が分かった

君は僕の気持ちを知っているから

鍵番だから急がなきゃなんて

嘘をついたの

 

 

~Ⅳ~

 

「誕生日の悲劇」

 

出来る事なら

誕生日だけは避けて欲しかった

来年も再来年もこの日のことは

君のことをあぶり出しにして

思い出させるだろう

 

出来る事なら…

ほら鍵を探しながら

もうさっきの

とっさについたすぐばれる嘘を

思い出してる

 

 

~Ⅴ~

 

「ダイレクトメール」

 

コンビニの袋に新聞を押し込んで

ドアを開けると

逃げ出そうとする熱気が僕を

踏んづけていく

窓を開けると葉書が一枚

吹き込む風の滑り台を滑った

新聞に挟まっていた

隣り町のパン屋のダイレクトメール

もうこのパン屋にも行けないんだろうな

手書きの葉書は君がデザインしたのかもしれない

そんなことももう僕を落ち込ませた

 

 

~Ⅵ~

 

「星占いと男の直感」

 

ベッドに寝転がってはみたけど

眠ろうとすればするほど

落とし穴に落ちた僕の叫びが

遠くの方からはっきり聞こえる

 

落とし穴を埋めるように

僕はいつもの生活を始めてみた

まずは寝転がったままテレビをつけた

でも友達と遊んでただけかもしれない

朝帰りが恥ずかしかっただけなんだ

空から色を奪うほどの

直感なんて男には全くないと

今朝の星占いくらい信じたかった

見事に最下位だったけど

 

 

~Ⅶ~

 

「追憶」

 

僕の町の駅には

自転車置き場がないから

隣りの駅から電車に乗ってる

駐輪場のスロープから見下ろすパン屋には

君がパン職人になろうと働いていて

店の横にはいつも銀色の自転車が止まってた

僕より決まって早く

 

まだ見習いで朝は決まってレジを打ってた

だから毎朝行くことにした

今日みたいに定休日以外は

 

 

~Ⅷ~

 

「手紙」

 

僕には感受性なんて

ないのかもしれない

それとも誰にも本心を

悟られないように生きている

こうして一人でいても

涙が出ない

 

落とし穴の中で

もう死んでしまったのか

恋してた僕は

そんなにひ弱だったのか

 

変かもしれない

泣いてみようと

泣いてみたいと

さっきの葉書を手に取った

涙が溢れた

これでもかって止まらなかった

 

HAPPY BIRTHDAY !

今日は休まず開店してます

(初めて私が焼きました。)

 

あの時それじゃあ

赤い目だけ冷たい水で洗って

窓の手すりに引っ掛けてた傘を

取り込んで

君にも降り注いだかもしれない

酸っぱいだけの

レモンの陽射しの温もりを閉じて

部屋を飛び出した

 

自転車の鍵を忘れて

部屋まで駆け戻ってる間に

嘘をついたなんてごめんね

こころで謝った

 

 

~Ⅸ~

 

「誕生日の朝食」

 

今日は定休日

君の自転車の隣りに

僕の自転車止めてもいいかな

 

坂を加速して行く自転車

車の増え始めたコンビニの十字路

何年ぶりかで手放ししてみた

黙ったまんまの

さっきの二人を追い越して行く

 

僕は少し真剣な目で

傘を落とした

きっといつもと違ったはずの

君の笑顔を思い出しながら

線路を流れる甘いシロップが

最後の一滴まで溶け切ってしまうのを

風の中で睨むように見つめていた