髪の色を染め替えた君と
手を繋がずに街を歩く
五月最後の雨は降ったり止んだりして
君は傘をたたみ終わると
花屋の店先で
一足早く咲いた紫陽花を
屈んで覗き込む
そのうち背中からその髪を照らした
遠い雲の間に顔を出した恒星を
僕は振り返っている
サボテンの小さな花も見終わった君が
気がつけば
斜め後ろにいて囁いて
僕らは手を繋ぐと
ふたたび歩き始めた
たたまれた傘は
心でだけ
いつも僕が持つことにしている
地上に落ち損なった雨粒が
街中で輝いている
君が教えてくれた喫茶店どころか
そこで頼んだメニューも
今のところ憶えているけれど
そのうち忘れてしまうんだろう
自分でも驚くほど記憶力の悪い僕は
一度でも素敵だと思わせてくれたものを
何度も何度も繰り返したい
そうでないと忘れてしまうか
また切ない美しい思い出に変えてしまう
そうしたらまた
忘れなきゃならない
五月の雨の街を
振ったり止んだりの雨の中を
大きな窓の低いソファで
パイ生地をくずさずフォークで食べられる方法を
教えてくれた 君が食べた
あのケーキみたいなランチメニューを
ソワレの暗がりのゼリーミルクを
レッドラバーボールのカフェオレと 夕立を
みゅーずでピアノの音と君の写真で夜まで過ごし
高瀬川を流れた木の葉の丸い小さな影を
スマートの初まったばかりだった会話を
今度は映画を見ようと
携帯電話のメールでさえ
半径1メートルくらいの景色は明るく変えてしまう
笑顔の
君と また また また と
繰り返したいその癖
でも僕は新しいもの好きで
同じ喫茶店に入っても
憶えている限りは 同じメニューをもう頼まないけれど
僕がケーキを倒さないで食べられるようになったのは大きな出来事
あの名前だけ思い出せない
あの予想を裏切って温かかったケーキみたいな あのランチメニュー
今度は僕のそれを君が一口とって食べればいいから
いつか行こうね 君とまた
すっかり晴れた夕空の下で
水たまりのある川べりを歩きながら
隣の君に 僕はその名前を聞かないで
そんなことを思っている
「僕の家の近くのお寺で紫陽花の中を歩けるから
君が旅行から帰ったら また一緒に行こうね。」
そんな新しい約束をまたひとつ
交わしながら
その先にある
君との夏を一足早く
感じていた